ここからは、私(菊池)自身の体験も交えつつ、マイノリティな価値観が表れる瞬間について、ご一緒に考察させていただければと思います。

1. 人生の転機・軌跡を建築にする
ある時、とある板前さんから、ご依頼がありました。その方は10代の頃から京都の由緒ある割烹で修業されてきた方でした。その方には夢があり、ご自身が修行を重ねてこられた格調高い料理を、親しみ深い地元の下町で提供していきたいと考えられていました。
しかし実行に移そうとして葛藤が生まれます。例えば「実力があるのだから本場京都で勝負すればいいじゃないか」「下町に店を出すなら、もっと親しみやすい料理にしないと」と言った意見も聞こえてきます。確かに、正攻法な、理に適った考え方だなと私も思いました。ですがそれは、ご本人の夢・積み重ねてきた軌跡とは沿わない意見だったのです。
そこで私達は、妥協ない質と、地域に開かれた親しみやすさが共存する料理店の在り方について検討を重ねました。その結果生まれたのが【風車のふるまい】です。この日本料理店は、1日1組限定で旬の料理を提供します。地域に開かれた大きな窓を持ち、板前さんの厨房は中心に、全てのお客さん・地域の人々と目を合わせながら仕事が出来ます。お客さんも、その高い技術を目にしながら料理を楽しむ事が出来ます・・・。
私達にとって人生の転機とは、もっとも夢の広がる瞬間です。と同時に、もっとも現実を突きつけられる瞬間でもあります。これは職業的な夢に限らず、私達の暮らしすべてに言えることです。誰もが、その人だけの壊れやすい、マイノリティな、でも他に代えがたい夢と向き合う時が必ず訪れます。
・・・そんな時、最初から周囲の声や環境にも負けない、強固な夢を持てる人がどれだけいるでしょうか? でもそれは、その人だからこそ実現出来る、かけがえのない「マイノリティーズ・アーキテクチャー」であると、私は考えています。

2. 建築を未来に繋ぐ
東京の中心部、歌舞伎座に近い銀座の町中に、築100年を超えた4階建の小さなビルがあります。高層ビルのなかに取り残されたような小さな建築は、しかし毅然としていて、多くの人の心を今も惹きつけています。ある時、このビルのオーナーの方のご依頼で、建物を丸ごと使った展覧会の企画と出品の機会をいただいた事がありました。
文化的な建築を守る、一見して美しい言葉ではありますが、内実をしれば、それが如何に為し難い事なのか分かります。収益面で考えれば確実に建替えた方が効果的です。建物の老朽化は避けられず、日々の補修は欠かせません。たとえ自身の建物であっても、町の人々はそれを、公共の財産として捉えます。そうした中、努力と意志の力で、この建築は生き残っていました。
私達は打ち合わせを重ね『銀座、次の100年のための建築展』と題した、この建築の魅力を引き出し、銀座とこの建築の次の100年を皆で考え合うきっかけとなるような展覧会を開催しました。
 常々、世の中のほぼすべての建物が、人の寿命よりも早く、その役割を終える事に疑問を抱いていました。伝統建築に限らず、自分の生活した場を後世に繋ぎたい、壊れたのであれば直して使いたい、というのは当たり前の感情です。しかし、その当たり前を実現する事が如何に難しいか。
以前、大学院時代に一夏お世話になった宮本佳明さんは自邸を「ゼンカイハウス」として再生し、活用されていました。これは阪神大震災で全壊認定を受けたご自身の木造住宅を、鉄骨なども用い構造面から再生、再構築された建築で、当時、並々ならぬ意志と技術の力を感じた事を記憶しています。
 皆さんの中で、同様な想いを密かに抱かれている方、未来に繋ぐような建築を夢に描く方がいらしたら、ぜひお話しを伺いたいです。それらを口にする事はとても勇気の必要な事だと存じます。これらはきっと、大方の人々にとってはマイノリティな試みです。しかしそんな些細な想いが、未来に繋ぐ大きな取組を育むと、私は考えています。

3. 自分達の趣味・価値観に振り切る
以前、実現には至らなかったものの、示唆に富んだ考察の機会を与えていただいた事がありました。都内の比較的狭小な土地に建てる個人住宅で、家族3人、土地と法規に合わせると4階建ての塔のようなヴォリュームになる建築です。しかし、このクライアントの方には夢がありました。大きな一室のような空間で、家族の気配を常に感じられるような住宅です。それはこの方の持つ土地では、中々実現し難い夢のように思われました。
そこで私達は、部屋よりも設備よりも「吹抜」が主役になる建築【吹抜でつくる家】を提案しました。筒状に延びる吹抜空間は、床面積の点で考えれば非合理ですが、クライアントの方々が夢見る「空気の流れ」を体現します。かつ、部材や建具を最小限に抑えるこの建築は、予算面でもポジティブに働きます。空気は、無料で最大限に利用可能な材料です。
 大学時代にお世話になった恩師に塩塚隆生さんという方がいらっしゃいます。先生が手掛けられた建築の中に「プライベートギャラリー」という住宅がありまして、個人が収集した趣味の品を楽しむ事に最大限振り切ったコンセプトに、強く惹かれました。RCで美術館のようにコントロールされた開口、コアを中心にした一室空間的構成、一つの目標を純粋に追いかけた、美しい建築です。
 実用的・合理的ではない要望、一般的でない願いは、簡単にかき消されてしまいます。建築は、供給が多い部材・構成に近づくほど、より経済的・短時間で造れるようになるからです。ですが、ご自身の建築を考えるのに、実現する所か、語る事さえ憚られる夢とは、何なのでしょうか?これも当たり前の事ですが、建築は、夢や想いを形にする方法を模索する技です。誰もが自分だけの住まいを夢見ます。住宅こそ「マイノリティーズ・アーキテクチャー」の最たるものであってほしいと、私は考えています。

4. 地球に有益な建築
 まだ事例はない物の、今後もっとも重要となり、密かに注目されている方の多いテーマだと思っています。皆さんは、環境指標やSDGsについてどのように考えられているでしょうか? 最近では、持続可能な生態系・資源の限界、プラネタリーバウンダリー(地球境界)と呼ばれる考え方も注目されていますが、世界の廃棄物の実に50%が、建築由来と言われています。例えば・・・
・木造が環境に優しいと呼ばれますが、果たして事実でしょうか? それはあくまで林業とのバランスや、リサイクルの道筋がたった材木を用いた場合であり、木造であれば良い、とは一概には言えそうにありません。
・現代の住宅は、ほとんど合板を用いて作られますが、一度水ぶくれを起こした合板を再利用するのは至難の技と聞きます。
・今後、住宅の断熱基準は数値として義務化されていきますが、それはその住宅が取り壊されない場合に限り、有益となります。
・太陽光パネルが廃棄される際、消費されるエネルギーはどの程度でしょうか?
・・・こうした例は、いくらでも挙げる事が可能です。絶対に地球にとって有益だ、という答えを建築はいまだ持っていない、そう私は考えています。
 もちろん、だから無駄だという発想はありません。ただ、個人のエゴを離れて、地球に有益な建築を作りたいという夢を持つ人の前に立ちはだかるノイズの多さを案じています。本当は、日々のゴミの分別に苦心したり、プラスチック削減に協力に参加するような小さな試みの延長で、向き合えば良いと思うのですが、建築において、それを本気で話し合える土壌は、まだまだ限られているように感じます。
 実施に際しては、調査・研究が必要になるテーマです。個人レベルで考えて経済的とは決して呼べない現実もあります。しかし、この分野に関する夢をお持ちの方の声を、私は聞き逃さず共有していいきたいと考えています。
Back to Top